きもの生活のススメ

和のこだわりウエディング

2000年の10月、結婚式を挙げたのですが、白無垢に綿ぼうし、赤い相良刺繍の色打掛、そして最後に黒いお引きずりを着ました。この黒い振袖には、和裁の先生からお借りした大正時代のピンクに菊の刺繍がほどこされた丸帯をあわせ、私のひいおばあさまが嫁ぐときに胸にしていたという「はこせこ」を身につけました。衿元がただ白いのがなんとなくいやだったので、半衿を創作。花嫁さんは普通よりも衿をたくさん抜くので、普通の半衿では長さが全然足りません。そこで白い帯揚げに、菊の柄をデザインし、近所の刺繍屋さんで刺繍をしてもらいました。菊池の家に嫁ぐということで菊の柄にしたのでしたが、花びらが幾重にも重なってかなりすてきに完成!晴れがましくもうれしい帯揚げになりました(このページの一番下に詳しい説明があります)。

衣裳はレンタルというのが当たり前の現代、結局手元には写真しか残りません。でも、何かを手作りすることで、思い出の品は手元に残ります。私にとってのサムシングオールドは、ひいおばあさまの「はこせこ」(写真左)、サムシングニューはこの菊の半衿でした。これから結婚される方!何か手元に思い出のものが残るようにされたらいいと思いますよ〜。

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最近の結婚式は、すべてを式場で済ませてしまえます。それはそれで面倒くさくないしいいのかもしれないけれど、
どうせなら、きちんと。
そう思って、いまっぺは「田舎式」に取り組むことしました。

いまっぺの田舎の昔のしきたりでは、まず花嫁は自宅で花嫁支度をととのえます。白無垢姿になったら、仏壇にお参りしてご先祖様に報告。その後で両親にお礼というか挨拶をします。ここまでが白無垢。

玄関から外に出るときは、ご近所に挨拶をするということで、華やかな色打掛に着替えます。
ここで、外に行くのだから草履を履きますが、このときに家の中から履いて、下に降りるのがしきたりなのだそうです。
いまっぺは知らなかったので、うっかり草履を玄関の靴脱ぎに普通に置いてしまい、ダメじゃないの〜と着付けさんに言われました。へえ〜と思いました。
これは、亡くなった人と同じ作法をすることで、二度と帰って来ないように、という意味があるのだそうです。ある地方では水杯を交わしたり、今まで使っていたごはん茶碗を玄関先で叩きつけて割る、という風習があるところもあるそうですよ。

式を挙げる神社まで、マイクロバスでなんと四時間。最近のかつらは軽くてむれなくて帽子みたいなものでした。なので、そのまま花嫁姿のままで平気でしたよ。もっとも打掛は脱いで、掛下という白いきものに半幅帯スタイルで過ごしていました。途中のパーキングエリアではトイレ休憩。見知らぬ方からお祝いを言われて嬉しかったです。

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神社は、普通〜の神社。でも歴史のある神社で、地元の人には「泉が森」と呼ばれています。夫が小さい頃に遊んでいたところなので、そういう身近な神様にお祝いしてもらいたかったのだ。
普段結婚式なんて挙げない神社だから、近所の人たちが集まってきたり、部活帰りの中学生が見に来たり、とにかく珍しかったみたいでした。

その神社には鳥居が2つあって、その間に参道がのびています。雅楽を演奏する方が先頭になって、新郎新婦、その親族が後ろに続き、神殿まで案内してもらいます。これは「道楽(みちがく)」といって、雅楽を演奏する方(楽人・がくじん)は神様の使い、ということなのだそうです。大昔の結婚式のやり方なのだそうですよ。神主さんが古い書物を引っ張り出してきてくれて、それでそのやり方を再現しようという試みになったわけです。

普通の神前結婚式は、親族しか入ることができませんが、神社の方のお取計らいで、神殿の両脇の扉を開けていただき、友人たちも覗けるようにしてもらいました。
神前式も、やり方によってはチャペル式のようなオープンさも表現できるんですよ。

式が終わってからは、泉のほとりで、尺八の演奏をしてもらいました。その曲は「泉が森」。雅楽演奏家の笹本武志さんが作曲した、神秘的な曲です。偶然笹本さんの演奏を聴き、曲名を聞いたときに「もしかしてあの泉が森では?」と声をかけたところ、予感的中。泉が森のすぐそばで生まれ育ったのだそうです。
そんな縁もあって、楽人を引き受けてくださったのです。泉が森の泉のほとりで、「泉が森」を演奏できるなんて音楽家としてこの上なくうれしいことです、とおっしゃってくださいました。
こんこんと湧き出る泉は、どこまでも透き通っていて、泉の精もききほれてくれていたように感じました。

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その後は、近くの旅館の大広間を借りて、披露宴をしました。
このときは色打掛を着たのですが、たたみの上をきものの裾を引きずって歩く音が昔の結婚式を連想させました。お色直しには黒いお引きずり。白→赤→黒という順番で、だんだん色が濃くなるのがいまっぺの田舎の風習です。
黒いきものには、和裁の先生からお借りした大正時代の丸帯を合わせました。ピンクの地に菊の柄が大胆にデザインされたもので、黒いきものにぴったり。
ポイントは衿元です。この日のために制作した菊の刺繍の半衿は、衿の柄がよく見えるように幅広めに着せてもらい、黒いきものの衿元から黄色と金色の菊の花が咲き誇りました。
そして、ひいおばあさまが嫁ぐときにしていたというはこせこを差込み、完成。
ライトなどなく、自然光の中での宴ということもあり、かんざしはキラキラしない、さんごとひすいとべっこうの昔ながらの細工ものをしてもらいました。

普段からきものを着ることが多い私ですが、でも、晴れの日のきものがこんなに心に残るとは、正直いって思ってもいませんでした。ドレスにはドレスの良さがあるでしょうが、白無垢を着たときの、あの引き締まる思い、色打掛を着たときの、あの華やいだ気持ちは一生忘れないと思います。そして、最後に着た黒いきものは、私を表現する方法として最適だったと、今も自信をもって言えます。
会ったこともないひいおばあちゃんまでが、どこかでお祝いをしてくれているような気持ちでした。式の前日、おじいちゃんとおばあちゃんのお墓をお参りしたのでしたが、自然と「お父さんを産んでくれてありがとう、お母さんを育ててくれてありがとう」という気持ちになっていました。おじいちゃんおばあちゃん、さかのぼってもっとたくさんのおじいちゃんおばあちゃんたちがいてくれたから、こんなに幸せになることができたんだなあ。夫を産んで育ててくれた両親やそのご先祖さまにも感謝の気持ちでいっぱい・・・そんな気持ちで晴れの日を迎えられたことは、人生最大の収穫といっていいかもしれませんね。

いつか私に娘がうまれて、いつか大好きな人のところに嫁ぐ日がきたら、ひいおばあちゃんのはこせこを渡したいと思います。

帯揚げでつくった、花嫁用の半衿

花嫁のきものは、普通よりも衿をたくさん抜いて着るので、市販されている半衿ではとても足りません。でも、白いまんまはいやだなあ〜、と思って悩み、思いついたのがコレ。白い無地の帯揚げに、刺繍をほどこしました。

といっても私は刺繍の元になる下絵をかいて糸の色指定をしただけ。実際の刺繍の作業は近所の刺繍屋さんにお願いしました。洋服のかけはぎや刺繍ネームを入れてくれるようなお店で、たのむとやってくれます。手刺繍ではなくてミシンの刺繍です。

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